いきつけのベトナム料理店がある。
テーブル4つにカウンター、奥には小ぶりの座敷もあって、満席になることも多い人気店ながら、作り手は店主1人。なのに長く待つこともなく料理が届く。その手際の良さに、いつも感心させられるのだ。どの料理もおいしくて、ついお酒も進む。
その日は急に気温が下がった寒い日で、焼酎のお湯割りを注文した。店員さんは、たぶん近くの大学の学生さんだと思う。初々しい接客態度に、彼ならいいかな?と注文時にちょっと遊んでみた。
「焼酎のお湯割り。ちょっと濃いめで」
思ったより反応が良くて、笑いながら復唱してくれた。
「はい、焼酎お湯割り、濃いめで」
料理とともに焼酎がきた。一口味わう。「うん、濃くておいしい」ちゃんと応えてくれている。次に料理が運ばれてきた時に「濃くておいしいわ」と声をかけた。彼はまたにこっと笑った。
「濃いめ」と頼んでも、たいして濃くなっていないことは案外多い。そらそうだ、薄めとちがって、焼酎を多めに入れなければいけないのだから。なので濃さにばらつきがあるチェーン店など、大箱の店以外、そんな注文はしないのだけど、初々しい店員さんを見て、つい言ってみたくなったのだ。
一杯目を飲みほし、追加で注文した。「焼酎お湯割りをもう一杯」今度はもちろんふつうに頼む。1杯目の「濃いめ」は愛嬌?だけれど、2杯目からは、はしたない。
普通に頼むと、本来の濃さに戻るのが常なのだが、この日は違った。濃いのだ。それも1杯目よりも濃いのだ。でも・・・濃すぎるのだ。いったいどれだけ足してくれたのか。向いに座る友人が興味を示して飲んでみるも、「これは濃すぎて私には飲めない」と返してきた。
もはやお湯割りの域を超えている。よく見ると色まで何だか違う。お酒が好きな人ならわかるだろうけれど、濃さはお酒を味わう上で大事なポイント。薄すぎても濃すぎてもお酒の味わいは変わる。だから焼酎を専門に置いている店では、濃さについて間違っても口出ししない。そこはプロに任せるべき領域だから。
でもこの濃いお湯割りを、私はありがたく飲んだ。だってまだお酒のなんたるかなどわかっていない学生さんが、よかれと思って大サービスしてくれたのだから。一口飲むたび「濃いなあ」と思いながらも、そのうち何だかおかしくなってきて、だんだんこの濃すぎるお湯割りがいとおしく思えてきた。
いつもなら4杯くらい飲んでも酔わない私が、この日は2杯で酔った。店を出る時、「ありがとうね」とお礼を言った。にこっと笑う彼の顔は、ちょっと満足げ。
でもこんなに濃いのを出して、あとから怒られないかな。今度はそんなことが心配になった。店主はいつものように無言で、相変わらずすごいスピードで料理を作っている。もろもろのお礼を込めて
「今日もおいしかったです」
店主は滅多に見せない笑顔で返してくれた。
身も心もあたたかくなった夜だった。「濃いめをありがとう」。
