最近テレビや映画でがっかりすることがある。好感を持っていた女優の顏が変わった時だ。この際モデルやタレントは涙をのんで不問にする。
芝居より自分の美しさを優先した女優の芝居は嘘くさい。年齢不相応の張りのある頬、膨らみ過ぎたくちびる、とんがった鼻先やあご。その不自然さに目が行ってしまい気がそがれる。虚構の世界はリアリティーの追及で成り立つわけで、そこに不自然な顔が出てくると一瞬で現実に戻ってしまう。
韓国映画の場合、整形顔がワンパターンで、脇役あたりになると区別がつかず、ストーリーが混乱する。えらい迷惑。
日本のドラマで、事件の鍵を握る女がいた。一話完結の連続ドラマの主役に無名の女優で抜擢されていて、不思議な気がしていたがどこか見覚えがある。この時もまた気がそっちに行った。娘に尋ねると若手女優の名前が返ってきた。その時の驚きったらもう。だって眉間から鼻がはえているんだもの気がつかないよー。(ちなみにその女優さん鼻のプロテーゼは抜かれたようで、元の可愛らしさを取り戻している。ホッ)
整形が悪いとは思わないが、もっと小出しにするとか、軽いヒアルロン注射くらいで押しとどめるとか、変身の途中で「そろそろそのあたりで」と止める人はいなかったのかと思う。
私も女の端くれ気持ちは分る。思春期の頃は鏡を覗いてはため息をついたものだ。きれいになりたいと思うのは女の永遠。でもねー。モノには限度ってものがありましょう。
醜形恐怖症と言うのを聞いたことがある。自分の容姿に強いコンプレックスを持ち心が病むらしい。どうやら美人が多いそうだ。若い頃に美しさの頂点を極め、加齢とともに衰える容姿に恐怖感を持つ。うんわかるわかる(嘘つくな)
これからも絶対がっかりさせないだろう女優の一人に余貴美子がいる。今さらだが、どんな役をしてもサマになって決まる。シンゴジラの防衛大臣、おくりびとの事務員、極端な役を見事に使い分ける力量ったらもう。一番感心したのは作品名は忘れたけど、中年女性の悲哀を描いた群像劇。水着姿で浜辺に座って同年代の女優と語らい合うシーンで、ワンピースの水着姿で膝を抱いて座る。
この態勢が中年女性にとってどれほど過酷な要求かわかりますかね?
お腹の贅肉がアコーデオン状態になり、息を吸って凹めても育て上げた脂肪は逃げ場を無くし白日の下にさらされるのです。美しい貴美子さまはそのたわわな腹部を隠すことなく惜しげもなくさらしました。私はそこに女優魂を見たのです。オールヌードより潔いさらしっぷり!お腹に共感アイラブユー!
「君のシワのひとつひとつに歴史が刻まれているんだね。このお腹の愛らしい脂肪がたまらなくセクシーだ」と愛し気に目ででくれる男性がいる人以外は、シワもたるみも贅肉にも抵抗はしましょうよ。野放しはいけません。過度な抵抗はどうだろうって話です。
余談ですが、二十代の頃、一度だけ女優の仕事をしたことがあります。関西で長寿ドラマ番組だった「部長刑事」で事件を伝えるリポーター役でした。メイク室にテキサスがいましたw
