私は声優よ?!by sakazaki

杉本が女優だった暴露ばなし?をしたので、私も声優だったはなしをしておこう。

かつて私は頭から声を出す少女だった。別に何かの芸をしていたわけではなく、「頭のてっぺんから声出して」とからかわれるような声をしていたということ。

中学時代はいつもマネされた。友達に「おはよう」と挨拶すると、そばにいた男の子たちがめいっぱいの高い声で言うのだ「おはよう~」と。はじめのうちこそ「そんな声出してないわ」と反論していたのだが、それをまたマネされる。学習した私はスルーすることにしたのだけど、それでも超音波を発するコウモリだの、なんだのと言ってくる。思春期の男子はやっかいだ。

高校の時にクラスで映画を作ることになった。文化祭の出し物だ。女子が恥ずかしがって出なかったこともあって、出演者はすべて男子で固められた。さすがに女性役の声は女子にとなって、一番に声をかけられた。「そのキャラクターボイスが必要だ」と。「私演技できないから」と断り続けるも押し切られ、やることになってしまう。

アフレコ当日。幾度となく飛んできたのは「坂崎さん、演技してください」という監督の冷たい声だった。「だから言っただろうが」と心の中で悪態つきながらも、大汗かいて、時に部屋を出て一人で密かに練習なんぞもやって、なんとかやり終えた。

みんなで試写を見た。凹んだ。

さらに凹んだのはこのあと。いつも「声優になったらいいのに」と熱心に勧めてくれていたA男の口から、このセリフがぷつっと消えたからだ。あからさますぎるじゃないか。

それから年数が経って、私は演じなくていいアナウンサーになった。なのに、その時がまた来てしまう。「坂崎ちゃん、クワガタの声をやってくれない?」新人ディレクターからの軽い依頼だった。初めて企画ものを担当するため気合いが入っていたのだろう。取り上げる稲荷山のことを、そこに住むクワガタに説明させるという。彼はすでに「クワガタくん」というキャラクターまで作っていた。だからいるのだ、クワガタくんの声が。

過去の記憶がよみがえり、私は強く言いきった。「ぜったいやらないから」

このやりとりを何回繰り返したろう。彼はとうとうこんなことを言い出した。「おいしいご飯おごるから」ぐらっときた。私の急所を何で知っていたのだろう。

「仕方ない、やってあげるわ」引き受けてしまった。過去の諸々があっけなくご飯に負ける瞬間だった。

こうして私は封印を解いて、本格的に声優デビューを果たしてしまうのである。結果については言及しないが、その日をもって声優を引退したことだけは付け加えておきたいと思う。

そんなボイスの持ち主がどのようにして、今のような落ち着いた声を取り戻したか。それについてはまた別の機会に。

私は女優よ!?  by sugimoto

最近テレビや映画でがっかりすることがある。好感を持っていた女優の顏が変わった時だ。この際モデルやタレントは涙をのんで不問にする。

芝居より自分の美しさを優先した女優の芝居は嘘くさい。年齢不相応の張りのある頬、膨らみ過ぎたくちびる、とんがった鼻先やあご。その不自然さに目が行ってしまい気がそがれる。虚構の世界はリアリティーの追及で成り立つわけで、そこに不自然な顔が出てくると一瞬で現実に戻ってしまう。

韓国映画の場合、整形顔がワンパターンで、脇役あたりになると区別がつかず、ストーリーが混乱する。えらい迷惑。

日本のドラマで、事件の鍵を握る女がいた。一話完結の連続ドラマの主役に無名の女優で抜擢されていて、不思議な気がしていたがどこか見覚えがある。この時もまた気がそっちに行った。娘に尋ねると若手女優の名前が返ってきた。その時の驚きったらもう。だって眉間から鼻がはえているんだもの気がつかないよー。(ちなみにその女優さん鼻のプロテーゼは抜かれたようで、元の可愛らしさを取り戻している。ホッ)

整形が悪いとは思わないが、もっと小出しにするとか、軽いヒアルロン注射くらいで押しとどめるとか、変身の途中で「そろそろそのあたりで」と止める人はいなかったのかと思う。

私も女の端くれ気持ちは分る。思春期の頃は鏡を覗いてはため息をついたものだ。きれいになりたいと思うのは女の永遠。でもねー。モノには限度ってものがありましょう。

醜形恐怖症と言うのを聞いたことがある。自分の容姿に強いコンプレックスを持ち心が病むらしい。どうやら美人が多いそうだ。若い頃に美しさの頂点を極め、加齢とともに衰える容姿に恐怖感を持つ。うんわかるわかる(嘘つくな)

これからも絶対がっかりさせないだろう女優の一人に余貴美子がいる。今さらだが、どんな役をしてもサマになって決まる。シンゴジラの防衛大臣、おくりびとの事務員、極端な役を見事に使い分ける力量ったらもう。一番感心したのは作品名は忘れたけど、中年女性の悲哀を描いた群像劇。水着姿で浜辺に座って同年代の女優と語らい合うシーンで、ワンピースの水着姿で膝を抱いて座る。

この態勢が中年女性にとってどれほど過酷な要求かわかりますかね?

お腹の贅肉がアコーデオン状態になり、息を吸って凹めても育て上げた脂肪は逃げ場を無くし白日の下にさらされるのです。美しい貴美子さまはそのたわわな腹部を隠すことなく惜しげもなくさらしました。私はそこに女優魂を見たのです。オールヌードより潔いさらしっぷり!お腹に共感アイラブユー!

「君のシワのひとつひとつに歴史が刻まれているんだね。このお腹の愛らしい脂肪がたまらなくセクシーだ」と愛し気に目ででくれる男性がいる人以外は、シワもたるみも贅肉にも抵抗はしましょうよ。野放しはいけません。過度な抵抗はどうだろうって話です。

余談ですが、二十代の頃、一度だけ女優の仕事をしたことがあります。関西で長寿ドラマ番組だった「部長刑事」で事件を伝えるリポーター役でした。メイク室にテキサスがいましたw

韓国ノワール  by sugimoto

韓国映画を積極的に観るようになって四年ほど経つ。

最初に見たのはもっと前だったが、ハリウッド映画を見慣れた目には、安っぽく陳腐に思え、足が遠のいていた。

久しぶりに観たのが『レッドファミリー』だった。北朝鮮のスパイが一つの家族を装って韓国で暮らす話。

一昔前は、放送で『北朝鮮』なんて言えなかった。アンタッチャブルだからこそ知りたくなる。昔、テリー伊藤の『お笑い北朝鮮』を読んだことを思いだした。あれは名著だった。

『レッドファミリー』は予告でもお笑い要素がふんだんで時代の流れを感じたものだ。

さて本編。北と南の生活様式のズレや感覚に戸惑う様子や、夜にはカーテンを閉め将軍様の写真を見上げて忠誠を誓うシーンなど面白可笑しく描かれていたが、徐々に空気はシリアスになり、ラストは非情で、やるせなさに重い気持ちで席を立った。娯楽映画だと思っていたのにこれは一体なに?ただただ重かった。

韓国通の知人に話すと「その救いのなさが韓国映画なのよ。慣れて~」とお気楽な返事。

次に見たのが『テロライブ』。ニュースキャスターとテロリストの電話でのやりとりをニュースで中継するサスペンス。この映画はハリウッド映画並みの迫力とストーリーの緊迫感で圧巻。勧善懲悪と思うでしょフツー。またまたラストに救いがない!

くだんの知人に即刻報告。「だから言ったでしょフフフ……」。含み笑いが耳に残った。

ノワール。その優しい響きに誘われて韓国ノワール特集で上映された作品を数本観た。無知は本当に困る。ノワールとはフランス語で暗黒だった。

暴力、陰謀、裏切り、人間の持つ闇をこれでもかと見せつけてくる。強烈で容赦なく、切なくて苦しい。ああクセになる!これが韓国映画の魅力だったのか。

かつて息子に「アウトレイジはお母さんには刺激が強すぎる」と言われたが、成長した母を知らないな。フフフ……。含み笑いの意味が分かるのに時間がかかった。

《ちょっとだけの備忘録》

◎『レッドスパイ』、○『テロライブ』、△『特別捜査 ある死刑囚の慟哭』、△『犯人は生首に訊け』、△『哭声/コクソン』、◎『新世界』

 

 

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